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山城博治被告の被害者になりすますための国連内サイドイベントでの発言

2017年6月16日国連建物内XXIV会議室で行われた山城博治被告(64)の被害者になりすますためのサイドイベントでの山城容疑者の発言の文字起こしです。

発言は日本語で行われ、英語の同時通訳が行われました。 登壇者は次の5人

・ 山城博治被告

・ 山城博治被告の弁護士である 金高望 氏http://nozomi-law.com/lawyers.html
  ※連帯ユニオン 関西地区生コン支部にも名前が出ています。http://www.kannama.com/okinawa-mondai/okinawa-3.html

・ 国際連合人権高等弁務官 Jane Connors氏 (司会)http://legal.un.org/avl/faculty/Connors.html

・ David Kaye 国連特別報告者 カリフォルニア大学 アーヴァイン校 クリニカル・プロフェッサー

・ 沖縄タイムス 北部報道部長 阿部岳 氏


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【山城博治被告のスピーチの内容】

 私の住む沖縄は、第二次大戦中、日米最後にして最大の決戦場になったところで、日米、そして、軍民合わせて20万人の人々が犠牲になるという凄惨な戦場となった島であります。

 島はその後、今日に至るまで、太平洋の要石と称される極東アジア最大の米軍基地の要衝となって続けられております。歴史的には1950年代の朝鮮戦争、60年代のベトナム戦争の出撃地として使われ、そして 今日、アフガニスタンやイラン、イラク、中東各地における戦争の出撃地となっております。

 沖縄諸島最大の島、沖縄本島には、実に島の総面積の20%が米軍基地で占められ、そのため、その軍事基地から発生する被害は、実におびただしいものがあります。

 地域社会に大規模に存在する米空軍や海兵隊の飛行場、その耐えがたい爆音や航空機墜落の恐怖、過去に小学校にジェット機が墜落炎上し、多数の死傷者を出した事件や、事故や、2004年には、大学の構内に大型ヘリコプターが墜落、炎上しました。

 今日、最大の脅威は、2010年に海兵隊基地に配備されたオスプレイの存在であります。 今年の2月、海岸に墜落する事故が発生しました。直ぐ近くに集落がありました。幸い、海岸に墜落したために大惨事に至ることはありませんでした。

 オスプレイは、我がもの顔で市街地や住宅地域を飛び回っており、墜落の恐怖が市民社会にのしかかっております。また、米軍人による殺人と性暴力、暴行、傷害致傷、交通事故など戦後沖縄の人々にもたらされた悲劇は、枚挙にいとまがありません。

 昨年4月28日に発生した元海兵隊員による20歳の女性の殺人遺棄事件は、軍事基地が存在するが故に発生した恐ろしい事件です。人々が生活する時間帯、路上から拉致、殺害、あらかじめ用意したトランクで、遺体を運び、入念に下調べをした山林に遺棄しております。その凶悪な計画的犯行は、市民社会を恐怖に陥れました。

 基地は、活性化する今日の経済活動の最大の阻害要因ともなっております。諸悪の根源となっている米軍基地にもかかわらず、古くなった基地を返還するという名目で、新たに基地建設がされようとしております。 現に、2014年7月から基地建設が随所で強行されました。

 住民は県知事選挙で、また、当該市長選挙で、あるいは国政選挙、県議会議員選挙で、ことごとく反対の候補者を勝利させてきました。新基地建設、すなわち、これ以上の軍事基地の拡大に反対する民意は明かです。

 しかし、日本政府は県民の意見を尊重しません。県民の意思を反映する翁長知事の政府に対する抗議、抵抗を裁判所に訴え出て、違法とお墨付きを得て、大自然を破壊する無謀な工事を強行しています。

 他方で、全国規模のメディアには、行動を萎縮させ、沖縄現地で起きていることを全国では知らせず、強権を振るい続けています。まるで問答無用です。その姿はかつての米軍支配下の圧政の時代を想起させます。

 その様な政治状況下で、翁長知事を推しだした住民は、自ら基地建設の現場となっている基地のゲート前で、座り込みを、身を乗り出して続けております。工事用トラックをはじめ、作業車両の基地内搬入を止めるため、座り込みを続けております。

 これに対して、日本政府はこの様に示された住民の意思を一顧だにせず、全国から1千人の機動隊を動員して暴力的に座り込みをする住民の排除に乗り出しています。

 工事着工からやがて3年、昨今、警察の排除行動は、ますます激しくなり、 先日、6月2日には、ごぼう抜きされた女性が、道端に放られる際に頭蓋骨陥没の大怪我を負わされ、他方で、工事車両が通る道路に出たと言うだけで、これまた女性が逮捕されました。

 見境のない強硬な警備体制が敷かれています。この警備活動と称する警察による暴力的市民排除は、海上でも同様です。
 海上保安庁の保安官らの市民への暴力は、およそ海難事故から人々の命を守ることを使命とする本来の姿とは似ても似つかぬものです。 陸上の警察官に勝るとも劣らない暴力的な警備活動は、即座にただされなくてはなりません。

 私はこの様な基地建設の現場で、県内最大の平和団体の代表として抗議行動に参加して参りました。抗議行動への参加者が、それぞれの仕事を定年退職した高齢者が主体となっている事情もあり、活動は穏やかで平和裏に行われています非暴力行動に徹し、歌や踊りもある明るく陽気な、そして、粘り強い活動を心がけ、そのことを県内外から参加する人々に呼びかけてまいりました。

 その様な中、昨年10月、基地建設の現場に至る山道に、抗議団の通行妨害するために張り巡らされた有刺鉄線を数カ所切断した容疑で逮捕され、その後、警察の拘置所内で、別件で2回も逮捕を繰り返され、正式な裁判手続きを受けることなく5ヶ月に渡って、拘留、拘束を強いられました。弁護人以外との接見が一切禁止され、家族にも会えず、外部との手紙のやりとりも許されない拘留、拘束でした。

 拘置所に送致されて2ヶ月半、刑事や検事は容疑とされた事実について、その容認と自供を求め、また、写真や映像を示しながら、共犯者の氏名を明かすように求めてきました。そして、「ここを出たらまた現場に戻るのか?」と迫ってきました。正に自供、自白、屈服を強いる毎日でした。

 拘留中の弁護士との接見は、分厚いガラス越しに行われ、じゅうぶんな打ち合わせ、意思疎通もできず、ましてや警察が提出したという膨大なビデオ映像については、一切、見ることもできずに3月17日の初公判にのぞまざるをえない状況でした

 そういう状況で、警察も検察も起訴状について罪状認否を行いと言うのは、異常な事態でしたし、また、それでまっとうな意見陳述の場が用意されたと言えるのか甚だ疑問でした。

なぜ大事な裁判の局面でこのような異常な隔離が続いたのでしょうか。私は、長期拘留と被告人たる者の権利を奪う不当な処遇に強い憤りを感じたものです。 沖縄の反戦平和運動は、今後とも、さらに、力強く展開されていくでしょう。戦いは不屈不滅です。

 それに対して、私の仲間、私に加えられている圧力が、今後とも繰り返し市民に加えられるのではないかと言う疑念を拭えません。それはまごうことなき不当な弾圧です。このような事態は、絶対に避けねばなりませんし、決して許してはいけないと確信するものです。

 尚、罪状認否の際に触れることができなかった事柄の重要なことがいくつかありますので、ここで整理しておきたいと思います。

 私は、末期の悪性リンパ腫を患った元患者です。今尚、主治医の定期検査が求められている状況にあります。ですが拘置所では、主治医の検診を受けさせてくれませんでした。 のしかかるストレス、いつ発生、再発するかとの恐怖と向かい合う毎日でした。

 また拘置所では、虫歯の治療は行わず、虫歯の痛みが耐えられなくなったら抜くだけだと言われて、身震いがしたものです。
 警察の拘置所のように、窓ガラスに多いがされている事はありませんでしたが、就寝時に多少光量は落とされるものの、照明は24時間つきっぱなしでした。

 また、拘置所内には時計が置かれておらず、時間を知ることができませんでした。人間にとって、時間の感覚を奪われると言うことが、いい難い苦痛を伴うものだということを初めて知りました。

 逆に警察署の留置場と違って、新聞はカットしたり、炭塗りすることはなく読ませてくれました。またショーツの外部からの差し入れも許されていました。 ただ、はがき、手紙について、弁護人とのやりとり以外一切許されませんでした。

 驚いたのは、76日間の警察の留置所での暮らしと、同じく76日間の拘置所の暮らしの計152日間で、激励のはがきや手紙が500通以上届いていたにもかかわらず、一切見せてくれないことでした。

 釈放されたその日の朝、独居房にまとめられて届けられ、その時初めて、全国から、そして海外からもたくさんの激励が寄せられていたことを知りました。そして当局は、それを当局は完全に封印していたのです。

 留置場や拘置所と言うのは、捕らわれた人々の感覚を狂わせ、恐怖せしめ、そのことで当局への従順と屈服を強いる施設だと言うことがよくわかりました。

 そのような過酷な状況に放られましたが、警察や拘置所の周りから響いてくる仲間たちの連日の激励コール、新聞を通じて伝えられる市民が主体となってつながった「即時釈放を求める会」、「支援する会」などの要求、声明、また全国の憲法学者有志の会の声明、また、遠くニューヨークやバンクーバーで釈放要求の声を上げていただいた海外市民の皆さん、あるいは、明治大学の特任教授として教鞭をとられるローレンス•レペタ先生、IMADR(反差別国際運動=部落解放同盟)、Franciscans International、そしてアムネスティインターナショナルの抗議声明、釈放要求など拘置所内で感涙しながら、大きな励みをいただいていました。

 私の拘留について日本政府に緊急行動を起こしていただいた国連特別報告者のデビットケイ先生など、多くの海外からの支援と、日本政府への働きかけがなければ、私たちの釈放はなかったはずです。心から感謝を申し上げるものです。

 最後に、拘束され続けた私たちの事や、また、私たちの救出を求める県内外の多くの人々の行動を逐一報道していただいた県内マスコミ、ラジオ、テレビ、新聞、各メディアに改めて感謝を申し上げるものです。私たちの不当な処遇は、政府の圧政に抗(あらが)う県民の見せしめ、恫喝であったことは言うまでもないことです。

 政府は、そのことによって県民が萎縮し、恐怖し、運動の現場から離れ、翁長県政の求心力が衰えることを狙っているのでしょう。

 しかし、県内のマスコミは、決して私たちに加えられた不当な圧力を抗議し、私たちの釈放を呼びかけてくれました。
 今、政府の意に反して県民の反発が強まり、中央政府の圧政に抗う気概は、いよいよ高まっているものと確信いたします。県民は決して屈しません。

 結びに、この報告書をまとめるにあたり、改めて日本政府に対して、以下のことを要求したいと思います。

ひとつ、県民の新基地建設断念を求める声を政府は尊重するべきであること。

ふたつ、現場における警察、機動隊並びに、海上保安庁保安官の暴力的な警備活動を即座に止め、集会結社の自由、表現の自由、報道取材の自由など、市民の人権を尊重すること。

そして、国際社会に対して、今回、平和と人権を大切にする国連機関と交流ができたことをこの上なく光栄に力強く感じていることをお伝えしたいと思います。今後とも、皆様とつながっていきたいと願っています。

 日本政府には、沖縄本島の米軍基地だけではなく、与那国、石垣、宮古地域で進めている自衛隊基地建設を中止し、沖縄全域の軍事緊張の火種を作らないこと、沖縄を軍事の島でなく、県民が望むように平和なアジアの架け橋となる努力を果たすよう強く求めていきたいと思います。
ありがとうございました。


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コメント

No title

活動は穏やかで平和裏に行われています。
活動は穏やかで平和裏に行われています。
はぁ?


https://youtu.be/8eS4o-CxyjI
https://youtu.be/USIyBY0VaXw
https://youtu.be/_9RRWfFnmtE


暴力と恫喝の反社会的活動ですわな。

No title

逮捕された罪状・自分の選挙立候補の事実・前科を隠すと、こんなに立派な平和活動家に変身出来るんですね。
確かに初犯で器物破損だけじゃこんなに拘留されないですからね。

この山城博治被告を南アフリカのマンデラ元大統領のようだ。といったNGOの弁護士さんがいるんですよね。

暴力的な犯罪者と南アフリカの平和と人権を回復した英雄を一緒にするとは、大変失礼な話ですよね。

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Author:FAKEBOOK BUSTER
国際政治アナリストですが、国内問題や反日左翼、パヨクなどについても書きます。